「ココロ」と「カラダ」

ここ10年の間に、ヒトのココロというものが変わり果ててきている・・・・・
ヒトの死と生というものに、無関心なヒトがゾクゾクと増殖しつつある。
まるで、微生物みたいに・・・・・・

ヒトはいかにして、「ジユウ」を手に入れたいが為に、イロイロな手段を用いて
楽な選択をしてきた。

だが、楽な選択の代償は、弱きものには「ジユウ」を与えてはくれない・・・

古きヒトは、種に教え伝えていってた
それは、遥か昔からの「チシキ」というバトン

「キ」「ド」「アイ」「ラク」

やり方は違えど、「チシキ」のバトンは長期に渡り、伝え与えていけてた

ハズダッタ・・・・・・・・・・・・・

ヒトはあまりにも「ジユウ」の名のもとに「ラク」だけを教え伝えてきた
しかも、伝えてる源流は、古きヒトの「オサ」だ

「ココロ」と「カラダ」はヒトツ
今は「カラダ」だけ
「テイサイ」という中身のない器を作りたいが為に・・・・・






初散文です。今回、どうしても許せない記事があったのですが、
ブログの発言というのは、あまりにも私感が入ってしまうため、
今回、散文という手段を用いました。
ご存知の通り、大津市のいじめ自殺問題です。
今回の事件がきっかけで、全てではなくとも教育の暗部が明確になりました。

昔から教育に関しては、酷いのはありました。
でも、一部の人間だけなのかも知れませんが、
これが、いまの教育なのかと思うと末恐ろしいです・・・




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